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あきいろ道中記

旅行や城めぐり等のレポートを記載して行こうかなと思っています。

岩手 平泉

2015年10月


平泉文化遺産センター
写真OKフロアとNGフロアがあるんだけど、ここはOKフロア。
企画展示室でした。

等身大
絵とかだと平安時代の女性ってすっごい髪長いけど、やっぱりこれくらいが本当なのかな。
あんまり長いのはかもじとか。
 

重陽の節句。
昔は、重陽の節句の前夜に菊の花にこう言う綿を乗せて、朝綿についた朝露で身体を清めたそうです。雅。


平安は男性でも片膝立てて座るのか…。
戦国時代だと、片膝立ては女性の座り方ってイメージある。
 

寝るとこ。これ、天井が特に蚊帳になっていないし、布もないと初めて知った。
 
服にお香を焚きこめるよ!


釣り香炉。かわいい。
 




中尊寺・金色堂
お山の入口。
 

入口のちょっと手前にある弁慶のお墓。


登っている途中にたくさんある寺の1個。
確か目と足に効能があるとこ。


こっちは同じく登る途中にいくつもある神社?の一つ。


中尊寺 本堂
 


金色堂は写真NGなので、写真なし~。
金箔キラキラなので、雨風から守るために覆堂と言う建物の中に入っています。
キラキラしてて綺麗でした。金箔もだけど、貝を使った螺旋細工が素敵!
キラキラなのに上品でした。

金色堂出たところにあるなんかお堂。かわいかったので写真。


むかーしの金色堂の覆堂。
 







毛越寺
 

寺の大門。
昔は、今は大きな池がある側にお寺があったのかな?
 

紅葉が綺麗でした。


発掘された平安時代の水遺構を再現して作った小川。
毎年、平安時代の小川を使った歌会の宴が開催されるとかなんとか。雅。




紅葉の季節で綺麗でした。
中尊寺は山を登っていくと、緑→黄色→赤に変わっていって、ちょうど紅葉に切り変わっていったとこなのかな。
全部が真っ赤になってるのも、きっと綺麗でしょうね(・v・*)

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岩手 藤原の郷

2015年10月

岩手にある歴史公園えさし藤原の郷に行ってきました。

奥州藤原氏をメインとした東北歴史テーマパークです。
時代考証に基づいた建物がずらーっといっぱいあって、大河ドラマの撮影とかにも使われている場所。

見張られている私
    


政庁。正殿?ですって。
あと会議中のおえらいさん。
ここに薙刀とか、下駄とか、弁慶が背負ってそうな背負子があって、実際の触って背負ってOKなため、無駄にテンションだだ上がり。



菊が飾ってありました。菊コンテスト?が開催されてたみたい。きれい。




主:源義経(牛若丸)の最後の刻を護る弁慶さん。





砦…戦国以前っぽいお城に入るよー。
 

米蔵!
鼠避けとか、湿気避けに高床式なのかな。
中には米俵がいっぱい。
 

ボロい家にやけにテンション上がる。
中見たかったけど、ドア閉まってた(´・▽・`)
隣の白壁の家は、床が土間なんだけど、内部の一部に板床があるの。
他の建物もそう言うのが多かったんだけど、庶民の家はそう言うところが多かったのかな?
   


おえらいさんの御屋敷エリア。





お風呂。昔のお風呂は蒸し風呂とか、湯帷子着たまま湯をかけるとか。
残念ながらこれも中にははいっちゃダメな建物でした。きになるー。
    

馬小屋。
昔の馬小屋は、馬を大事にしているので、馬スペースが板張りなのですって。
後ろ見てみたら、馬1頭スペースごとにドアが!
車の駐車スペースみたい。


門番さんの見張り台。




中村の郷。
大河ドラマ「秀吉」で、秀吉の生家として使用されたそうです。
近くに行くと、かなりボロボロ!もうちょい奥の建物は水没してるし。
でもそこも雰囲気あっておもしろいなぁって思ったりもしました。廃墟?なかんじ。




一番面白かったのは、オススメコース最後の「伽羅御所」ここはすごい!すごくいい!
三代目藤原秀衡の屋敷跡を再現したところだそうです。
平安時代の寝殿造様式で、寝殿、侍廊、蔵人所、料理所、玄関があり、狩衣・打掛を着たりもできるのです!(おいてあるのを自分で羽織る)
(なお、ちゃんとした十二単とかを着たい場合は、予約とか必要みたい)
あ、あと、牛車置場もあった。

多分屋敷の主人とかがごはんしてるところ。


蔵人所。
家臣の詰所だそうです。


お庭と廊下も素敵なかんじ。



思ってた以上に面白かった。
建物好きなら、楽しいんじゃないかな―と思います´▽`


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栃木県佐野 佐野城

2015年6月

栃木県佐野 佐野城


平山城。
近くの山城 唐沢山城を廃城にしてこちらの佐野城を作ったら、すぐに廃城になってしまったお城。
そのおかげで、「作ってすぐの、改良とか何度もされてない状態」が残っているそうです。
江戸初期のお城の作り方がわかりそうですね。
コンパクトなお城。
平山城だし、居城として作ったのかな。

三の丸
駅の目の前の公園です。


二の丸。


確か二の丸の外側。
帯曲輪かな?って言う段差がありました。柵があるので、上から眺めるだけ。


二の丸-本丸間の堀切
すぱーーんと切ってますね。


本丸。今はトイレ。


石畳と石垣。
ここには井戸跡もあるそうで、そこへの通路だったかも、とのことです。
井戸跡ってどこかなーと斜面覗いてみましたが、ちょっとわからなかった。
駅から三の丸に登ったあたりではわかりませんでしたが、ここらはそこそこ高さがあります。


本丸-北出丸間の堀切
本丸の左右が堀切で守られているのね。
堀切の底は、どちらも道になっていて通れます。見てたら、猫があるいてた。


北出丸
見張り台・搦手などがあったと考えられるそうです。


私の大好き土塁などはなかった…けど、わかりやすい堀切とかあるし、なかなかコンパクトな城跡なので、ちょこっと見たいのにはいいかんじ。

虎口とかも発掘されてたみたい。

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埼玉県岩槻 岩槻城

2015年2月

今はほとんど住宅になっている岩槻城に行ってきました。
ちょこっと門が残ってる。


昔はこうだったよ地図。


今はこうだよ三の丸。
\消防署/と公民館。




新曲輪あたりに門があります。実際、この二つの門はどこにあったのかは不明とのこと。

伝・岩槻城城門 通称黒門。
左右がお部屋になっているので、そこでなんか通行する人のチェックとかでもしれたのですかね?
それとも門番さんの詰所?


岩槻城裏門
1770年に修造、1823年に修復されたとわかっているそうです。
お城と言うより武家屋敷の門っぽいですね。
お城の内部の方の門なのかな。



鍛冶曲輪。
堀障子があった箇所みたいです。



その他、写真を撮り逃してしまったのですが、新曲輪・鍛冶曲輪には土塁や堀?と思われる箇所が残っていました。
馬出しもあったみたいだけど、見逃してしまった…。

遺構を見たいのであれば新曲輪・鍛冶曲輪。
その他の場所は随分開発されていて普通の住宅街なので、距離感などを見ると楽しいかもです。
昔の図を見る限り、随分大きな水堀が広がる土地であったのに、これだけ普通の住宅地に開発したのってすごいなぁと。
個人的には、こう言う開発も歴史の一部だと思ってるので、これはこれでおもしろいと思います。

素人目線でアレだけど、岩槻城もお近くの忍城みたいに、水の上のお城なんだなぁと言う印象。
埼玉は川と沼が多いので、要害に使われていたからですかね。
別の言い方すると、平地だからそれくらいしか天然の要害ないし…。


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春日山城

2015年8月


謙信公祭に合わせて春日山城に来ました。
上越妙高駅にてこんなジオラマが!!
これは…!!すごい!!!!!
もっと写真とりまくっておけばよかったなぁ…。すごいかっこいい…。
今もどこかに展示されているのでしょうか。見に行きたい。



今回は2回に分けで春日山に登っています。
まず1回目は大手門から下図のように進んでみました。


大手門入口がここになります。
上越市埋蔵文化財センターすぐの場所です。


畑をすぎ、山の入口がこんなかんじ。
大手道の一部が復元されています。この写真とこも復元されてるところかな?
結構狭い?人が横に3人並んだらいっぱいなくらい。
馬で登ることは想定していない道なのかなー。輿では登れそうだけど。


登る途中の番所跡。
真ん中の少し小高くなっているところが木戸が作られた土塁の跡で、ここに門があったと言われているところです。


復元された道。きれい。
南三の丸に近づくと、切り通しみたいになっています。実際切り通しかな。


切り通しを抜けると、南三の丸。土塁もあるよ!!
(私、土塁なんか好きだな…)
右の暗くなってるところが大手道。
南三の丸に入るところで門があったそうなので、多分ここじゃないかしらと。


南三の丸を抜けて、本丸方面に進みます。
段曲輪。今は…畑?左の方は畑。


柿崎屋敷跡。
古地図によると(江戸時代のだけど)鬼小島や他の人々の屋敷もここにあったとか。
看板がなくなっていたので、今は行けなくなったのかもですが、昔の軍道の桑取道がここから出ています。
崖をのぞいてみたら、一段下にも曲輪みたいのが。これも防御用の曲輪かな。




景勝屋敷・鐘楼・井戸曲輪を下から見た図


景勝屋敷と、景勝屋敷から見た柿崎屋敷


大井戸。と油流し~。
油を実際流すわけでなく、流したみたいにつるつるで登れないわよ!って意味だそうです。


本丸。
芝生育て中だそうです。


整備のため、以前来た時よりも相当木が切られています。
木があるのも素敵だったけど、木がないと地形がわかりやすいですね。
どの木も随分大きくなってたし、根っこで地形が崩れちゃうとかあったのかしら。



不識庵跡から見下ろしたお花畑跡。
春日山のお花畑跡にやたら執着している私です。
かわいいじゃない…。謙信公のお花畑…。


逆にお花畑から見上げた不識庵跡。のところにある毘沙門堂。


見降ろしたところ。
帯曲輪や道がよく見えます。


なんか、私が持ってた古地図(江戸時代製)にはこの場所辺りが馬屋?とか書いてあったけど、ここに馬は厳しくない…?
字が随分ぼやけてたし、私の読み方が間違っている可能性も。


三の丸。
上杉三郎景虎屋敷跡や、米蔵等があったところ。
ここも随分きれいに木が切られていました。
米蔵側の土塁の形がよくわかるようになっています。


来るたびに余りの狭さに心配になる甘粕さんち。
同行者と「謙信の趣味スペース(予想)なお花畑より遥かに狭い」「ヤバい。お花畑以下の扱い…!!」とか話してた。
いやまぁ、春日山城は傾斜にも建物建てたと言いますし、ここはそもそも住む場所ではないと思います。
お花畑は…土がいるから…。


1回目の春日山巡りはこれで終了。






下記から、2回目の春日山巡りです。
2回目はこんなかんじに巡りました。



謙信公銅像。


今回はここの急な山道登って、すぐに帯曲輪に向かいます。
ここ、めっちゃ登ってみたかったの…。
  

帯曲輪。
防衛のため、徒武者のみなさんとかがここらへん警備していたのね。


春日山の虎口。
左上に行くと直江屋敷があって、その先にお花畑・本丸。
右下に行くと、千貫門がある方面です。



搦手と空堀。
この先に千貫門があるのですが、ここに橋とか門とかあった?ようなのですが、イマイチ想像ができてない…。
研究者さんたちがどんな風なものを想像しているのか、3Dか模型で見てみていですねー。


こっちがさっきの搦手の裏側。


前から気になってた、なんか道っぽいけど道…?なところ。
上図の真ん中あたりの土塁の間…。
ちょこっとだけ覗いてみましたが、行きどまりでした。
昔は階段や梯子でもあったのかな。それとも防御のためにちょっとあるだけ?



今回びっくりしたのが、上杉神社から、御屋敷跡への道ができてる!!!
看板だけはあったので、どっかから入れるのかなー?とか疑問に思っていたのですが、整備していたのですね。
大喜びで下ってみました。


御屋敷跡
広い!!!ここの発掘作業では食器とか色々出てきたみたいですね。
ちょっと堀?みたいになってる。
道なのかなーって気もするけど、堀かな。




この先行くと用水池。



これで春日山クリアしたかな!と思ったのですが、黒金門行ってないことに気がついたw
次回は黒金門も行ってみようと思います。

ここのところは春日山の整備に市も力を入れているそうで、整備や発掘も徐々に進んでいるとのこと。
次回来た時の状況も楽しみです。




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